日本の住まいがシックハウスになる分岐点は1970年代。高度成長期に入り、誰もが新しい家電や家具を買いそろえた時代です。それまで、日本の家具は箪笥や座卓など天然素材を職人が仕上げたものでした。ところが、技術の進歩で木をかつらむきできるようになり、安価な家具が市場に出回りはじめました。かつらむきにした木は接着剤で張り合わせてつくられたのです。この接着剤によりホルムアルデヒドが室内に放出されるようになったわけです。
しかし、当時の家屋はまだまだ隙間の多いものでした。室内に放出されたホルムアルデヒドは容易に屋外に流出していたのです。シックハウスへの後押しとなったのは、オイルショック以降の省エネ推進。「高気密」「高断熱」の意識が浸透するに従い、室内で発生した有害物質が滞留するようになったわけです。
こうした住宅の気密化は、伝統的な日本家屋から欧米型のライフスタイルへ変わってきた点も大きな要因としてあげられます。さらに、不燃化に重点を置いた家づくりも見逃せません。戦後、人口が爆発的に増えると、都市の防災という観点から不燃素材の要求が高まってきたのです。しかし、不燃材は木材のような素材感がありません。そこで、クロスや壁紙を貼り付けておおい隠すようになった。結果、化学素材からなるビニールクロスやそれを貼り付けるための接着剤が壁や天井一面に広がっていきました。増え続ける有害物質の放出量、どんどん高まる住宅の気密化。これが住まいの病を招いたのです。
1999年、「住宅に係わるエネルギー使用の合理化に関する建築主の判断の基準」「住宅に係わるエネルギー使用の合理化に関する設計及び施工の指針」策定・告示され住宅の断熱構造化が推進されてきました。しかし、その後の経済の発展と生活水準の向上は予想以上に大きく、住宅の水準も上昇するなかで、省エネルギー基準が見直されてきました。このおよそ20年の間、省エネルギーの問題から国レベル、そして近年でのCO2の排出規制、地球温暖化防止などの観点より、地球環境の問題として世界規模での共通認識を得た感があります。
さて、この省エネルギー基準ですが、いささか納得しづらい点があります。日本の住宅はいうまでもなく「開く」という造りで構成されてきました。外に向かって開くというスタイルが日本住宅や庭園といった外を内に取り込むといった哲学的な意味や精神文化を創ったからです。木や畳、解放性のある空間こそが日本の伝統的な文化の象徴であるといえます。その視点からみるとこれまでの制定基準は逆方向にあるといえます。つまり、日本の伝統文化とは無関係な必要性や価値観に基づいて策定されている。 それは、室内の快適性や健康性、省エネ確保という極めて西洋的な価値観に基づき策定されているということです。いわば外部との環境を真冬と真夏に設定し「閉じる」という行為のみで省エネルギー効率を保つ。しかし、基準では、「開く」という行為も使い分けることを求めています。それは断熱・遮熱化された窓であり、それゆえに窓の面積を十分とっても達成可能な内容となっており、この基準で窓が小さくなることはありません。また、「閉じる」という行為のなかでもなかなか理解されないのが「気密」。長い間隙間だらけの住宅に住み慣れた日本人には気密や換気について無頓着ともいえ、この気密化に伴い計画換気(室内の給気と排気を明確にした換気。かならずしも機械換気とは限らない)が前提条件となっています。気密化は即、機械換気へ、という方向ではなく、高断熱化は気密化を伴って一人前ということを忘れてはならないのです。
これまでの基準を比較すると、第一に期間負荷(床面積あたりの1年間の冷暖房負荷)の範囲が、地域格差の壁が取り払われ、均衡してきています。この期間負荷が小さいほど、熱損失が小さく省エネ性が高いことを意味します。つまり、北海道から九州までの気候の差があった従来の基準に対し、より全国レベルで高い基準になったことを示しています。
近年、特に関東圏でもハウジングメーカーの標準仕様に断熱材が用いられるなど、高断熱化の流れを受け、熱エネルギーを視野においた販売を展開する住宅販売メーカーも少なくありません。その中で、「快適で心地よい室内環境を」とはいうものの、その一方で有害な室内汚染、結露、カビ、ダニなどの発生による健康障害を引き起こす背景をつくっているのが、このシックハウス問題と相重なり住宅業界の問題として急浮上してきました。